こんばんは
一昨日、立春を迎えましたね🌸
そして
昨年9月6日から
逆行中だった天王星は
同じ日11:42順行に戻りました。
これについては
星読み記事を出しましたので
宜しければ、そちらをご覧ください。
前記事でお伝えしましたように
節分の日に
京都へ伺っておりました。
京都は学生時代に過ごした場所
いつ行っても
その頃とあまり変わらないので
あのお店まだあるかな?
折角だから
ここの道を通って…
なんてしていると
時間がいくらあっても足りなくて
すれ違う人
神社仏閣で出会う人
不思議とご縁ある方と
約束なしに遭遇するのも
京都のおもしろさです♡
今回も
『あ…この人…😳』って方が
老若男女…数名いらっしゃいました。
そういう方に出会うと
つい瞳をジッと見てしまうので
奇妙に思われたかもしれません。。😂
おかしなことでごめんなさい🙏🏻
どなたかに出会いたいがために
無意識下で遠回りをしたり
…させられたり?
急いでいるのに
お腹も空いていないのに
途中でりんごパイを食べていたり笑
急に立ち止まって
何か調べものをはじめて
しばらくそこに居たり、、笑
よくわからない方向転換したり、、
今回は特にあからさまで笑
ちょっと理解し難かった
自分のことが本当に心配になりました😂
そんな、こんなの
今回も不思議な時間調整がありました。
まず京都に着いて
1番に向かったのは
左京区にある崇道神社
こちらの神社さまとご縁をいただいたのは
昨年はじめのこと
きっかけはなんだったかな?
よく覚えておりませんが…
兎に角、魔除け、厄除けだった時期
おそらく空海からだったと思います。
今回お伝えしたいこと…
Blogを書きはじめる前に
崇道神社の御祭神
早良親王についてお伝えさせてください。
【崇道神社】
御祭神 早良親王(崇道天皇)
【早良親王】
750年生〜785年
父は光仁天皇 母は高野新笠
桓武天皇の実弟
11歳で出家
厳しい修行をおさめ、21歳で受戒
東大寺 高僧
*還俗後も東大寺との関わり有
父である光仁天皇が即位するにあたり
呼び戻されて還俗
桓武天皇が第五十代 天皇に即位
桓武天皇の御子はまだ幼いことから
早良親王は皇太子となる。
その後
桓武天皇の側近 藤原種継の暗殺された背景に
早良親王(皇太子)の指示があったとされ、
乙訓寺に幽閉された後、
流刑地の淡路島に向かう道中にて憤死された。
自ら無実を訴えて食事を摂らなかったとも
桓武天皇が食事を与えなかったとも云われている。
死後、桓武天皇の御子が皇太子となり、
その皇太子(五十一代平城天皇)は発病
桓武天皇の妃達の病死、
早良親王にとっても
実母となる高野新笠の病死を含め
桓武天皇の身近な存在7名が亡くなる
その他、疫病の流行、飢饉、洪水
霧島や富士山の噴火などの災難が相次いだ。
陰陽師が早良親王の怨霊によるものと進言
桓武天皇は崇道天皇という称号を送り、
奈良八嶋陵に改葬して手厚く弔った。
しかし関わる存在達の発病や災害が続き
桓武天皇は早良親王の怨霊を恐れ
わずか10年で長岡京から平安京に遷都、
御霊神社にて早良親王を祀った。
桓武天皇が崩御され、平城天皇が即位
桓武天皇の志をつぎ、奈良紀寺に崇道天皇社 創建
五十二代嵯峨天皇の御代には
810年 早良親王が幽閉されていた
乙訓寺の別当(住職)を空海に命じた。
同年空海は東大寺別当にも就いている。
*804年空海は唐へ渡る前、東大寺で受戒
東大寺と空海…宇宙?
東大寺 盧舎那仏
真言宗 本尊 大日如来は同じであると
東大寺現僧侶は話されています。
なるほど🧐
空海が結界を張り、
京都を護る毘沙門天とは光…
*毘沙門天が京都を護っていることは
中村大阿闍梨もご著書に記されています。
光の毘沙門天は
京都 鞍馬寺では太陽の精霊として
月 千手観音
大地 護法魔王尊
と共に尊天として崇められていて
また毘沙門天は武神であり、七福神でもある
守護、勝運、財運をもたらすとされている。
あくまでもわたしの感覚ですが、
この毘沙門天って
早良親王ではないかと感じていて
空海の鎮魂は封印ではなく
早良親王に京都の守護を願い出たのではと
鎮めるだけや封じるだけではない
空海の敬い…愛が早良親王に届いた
そう感じてしまうのですよね。
空海が早良親王鎮魂のため
別当を務めた乙訓寺には
重要文化財 木造毘沙門天立像があり
その像の表情に
哀れみがあると云われています。
この毘沙門天立像も
早良親王のような気がするというか
きっとそうなのですよね。
また乙訓寺の本尊は
早良親王鎮魂のために
空海自身と八幡菩薩を掘り合わせた
八幡弘法合体大師像
こちらのご本尊は
頭が八幡菩薩、胴体が空海
33年に一度公開される秘仏
わたしはこの本尊を目にしていませんが、
二度ほど乙訓寺に伺ったとき
本堂前にて空海が菩薩を(菩薩が空海を…ではなく)
抱きかかえている絵が浮かんで
実物を目にしてないのに
なんだか愛を感じてしまって
空海が早良親王の鎮魂に
どれだけ手厚く務めたかが
このご本尊だけで伝わって来ます。
菩薩かぁ…
もしかして八幡菩薩も
早良親王ではないでしょうか。
一体となって御霊に寄り添い、鎮める。
きっとそうだろうなぁ…
早良親王について簡単ではありますが、
お伝えしたところで
本題へと進めて行きたいと思います。
わたしがはじめて
崇道神社に伺ったのは
昨年2025年1月
雪が舞う寒い日でした❄️
どなたもいらっしゃらない境内
真っ直ぐのびる参道を歩いていると
本殿から(山側)風が吹きはじめて
わたしの周りをクルッと巻いてくれて
とても心地よかったことを覚えています。
本殿でのご挨拶を終え、
三輪明神(太陽神、蛇神)が
祀られていることをジッと見入って確認。
*わたしが知るところ(狭い範囲ではありますが)
奈良大神神社以外で
三輪明神を祀っているのを
見たことが無かったので
珍しいなとを暫く見ていました。
新年、一月でしたので
社務所で神宮大麻だけ授かり、
本殿を後にして
帰りの参道を進んでいると
神仏習合のなごりか
早良親王ゆえのことか
如意輪観音菩薩やお地蔵さま、
役小角が祀られていたので
そこへ寄らせていただきました🙏🏻
じわじわと
【崇道神社の御札をいただく…いただかないと…】が
わたしの中に浮き上がってきて
役小角前で居ても立っても居られなくなって笑
階段を上がって
もう一度、社務所に寄ると
少し驚かれたようなお顔をされた
(おそらく神職の方ではない)
氏子さまから御札を授かり、
昨年一年間、手厚くお護りいただきました🙏🏻
崇道神社にて
早良親王のエネルギーに触れ、
何か思うところがあったのか
程なくして幽閉されていた
長岡京にある乙訓寺へも伺いました。
乙訓寺には
理由は忘れてしまいましたが、
何かメッセージが届いたか何かで
確か2回伺っています。
↓乙訓寺にも三輪明神の社がありました。


妙な撮り方ですね笑
たぶんそうなったのでしょう🐍
そして
やっと今回のBlog冒頭に繋がります。
冒頭にてお伝えしていました通り
今年の崇道神社へのご挨拶は
2月3日 節分に
無事、伺うことができました🙏🏻
神社に着くと
雲の隙間から太陽が
お顔を出してくれたのもあり
昨年より明るく感じた参道を進みました。

それもそのはず
昨年と違い、節分という神事の日
境内、参道、社務所前には
数名の人がいらっしゃいました。
古札を感謝でお返しし、
今年は最初に
如意輪観音様、お地蔵様、役小角への
ご挨拶から🙏🏻
やっぱり今年もこの一帯で
新しい御札をいただかなくていいの?
…と入って来ました😳
何故なのか?
どなたなのか?
実在されていた親王様に
一年間、お護りいただいた
わたしにとっては特別な年だったので
今年は新たに御札を授からず
感謝のご挨拶をと思っていただけに
なんだか見透かされ感が強くて笑
驚きました。
本殿へのご挨拶を終え、社務所前に近づくと
節分ということで
氏子様達が甘酒や節分豆、
お菓子を振る舞っていらっしゃいました🙏🏻
御札を受け取った後、
わたしにもいろいろとお配りくださって。
節分豆とお菓子を一つずつ頂戴いたしました。
もっともっとたくさんどうぞ、どうぞ
御神酒もございますよ☺️と氏子様達
お酒好きに見えましたか♡笑
普段ならいただきますが、
この後にお詣りを控えていることもあり
御神気とお気持ちだけいただきました🙏🏻

そう♡
この後のお詣り…ご挨拶先は
当日の節分の朝に決まりました。
そこに伺うきっかけとなったのは
2月1日夜、 お知り合いの方から
伊勢神宮にご一緒しませんか?との
お誘いのご連絡をいただきまして
昨年、伊勢神宮に
ご一緒した方々でしたので
それで今年も有難いことに
お声を掛けてくださいましたが、
あいにく都合が付かず、
今回のお誘いは見送らせていただきました。
その方々とは
わたしと誕生日数字が反転、被っている
ご縁深い方々♡
その方々とのやり取りの中で
年始にいただいた藤森神社の御神酒…と
メッセージに書かれていたのを思い出して💡
藤森神社?
はじめて耳にする神社さま
どこにあるんだろうか…
早速、調べてみると
京都市伏見区
京都市内
近いな
勝運と馬の社
えっと御由緒は…
平安遷都の際
桓武天皇より「弓兵政所」の称号…
桓武天皇まさか…
御祭神は素盞嗚尊、別雷命、日本武尊、
応神天皇、仁徳天皇、神功皇后、武内宿禰
神功皇后…

御由緒には
新羅より凱旋の後、軍の大旗をたて兵具を納め、
塚を造り、神祀りされたのが当社の起こり
…と記されていました。
あの戦わずして
勝利した三韓征伐
本殿東殿には舎人親王、天武天皇の二柱。
本殿西殿に早良親王、伊豫親王、井上内親王の三柱。
なんとまさか
西殿にいらっしゃいました♡
藤森神社にお祀りされているのは
不勉強…全く存じ上げていませんでした。
早良親王と藤森神社は
早良親王が皇太子なられた時、蝦夷で反乱が起こり
征討将軍として藤森神社にて
戦勝を祈願されたとのこと
いよいよ出陣しようとされたところ
詣を伝え聞いた反乱軍は畏れ、
戦わずして平定された。
神功皇后と同じではないですか…😳
神社様の御由緒に
早良親王を【英武の方】と表現されていました。
わたしがはじめて崇道神社本殿前に立ったとき
長い剣が視えたのですよね。
将軍を務めた情報は
その時、現実には知らなかったので
はて🤔なんだろか…
親王と剣?ってと思っていました。
スメラミコトと剣?
草薙の剣か?と感じたのを覚えています。
神功皇后と早良親王
性別は違えど…
神功皇后とは
瀬織津姫のエネルギーを持つ御方
空海が抱きかかえるようにして
癒し鎮めた早良親王の御霊
その愛に触れて
怨霊から
京都を護る守護神になられた(わたしの感覚です)
八幡とは神功皇后の子
応神天皇の別名
なんか素戔嗚尊と別雷神が共に
藤森神社に
祀られているのもわかる気がして
三つ巴…
だから神功皇后と同じように
血を流すことなく平定できた
まさに神懸かり✨✨✨
神功皇后が選んで創建した藤森の地
そこに祈願すれば負けることは無い
またそれを知ってる蝦夷
蝦夷にも陰陽師、シャーマンはいたはず
地から発するものが視えたのでしょう。
藤森祭は毎年5月5日の端午節に行われる神事で、
平安時代には皇室と国家の安寧を祈願。
江戸時代には菖蒲が武道、勝ち負けの勝負に
通ずることから菖蒲の節句発祥の祭りとされ、
飾られる武者人形には
藤森の神が宿ると云われているそうです🗡️
その藤森の神でしょうか✨
神鎧塚の武将像左後ろに
カラスさんがお顔を出していて
なんだかわたしには
早良親王のように感じて🐦⬛


午年 節分に
早良親王は何をお伝えくださっているのか…
今は朧気ですが、
戦わずとも勝てる、平定できる
これを伝えてくださっていると
静かに感じております。
藤森神社は本殿前に
茅葺き屋根の張り替え予定との案内があり、
微力ながら賛同いたしました🙏🏻
その申込み用紙下に【願いごと】の欄があり
思わず、社務所の方に
「えっ、賛同申込みに願いごとを
書き添えていいのですか」とわたし笑
『はい☺️心願成就でも何でも』と仰ってくださって
ここは神功皇后創建の神社さまです。
願い出ることはひとつです✨
これも早良親王、空海のおかげですね。
神功皇后に願い出れる✨
今回こちらに
このタイミングで
お訪ねできた一番の理由かなと

人と馬

帰り道、ふと浮かんだことがあって
高僧であった早良親王
本当は還俗されたくなかったのではと…
仏に通じる御方
還俗されてからも
東大寺に関わっておられていた
東大寺にとっても
盧舎那仏…宇宙仏、宇宙にとっても
必要な御方だった
いのちの尊さを知る早良親王
暗殺などを企てるでしょうか。。
そして
並々ならぬ霊力をお持ちだったはず
その霊力を…悪用されたのでは?
これはあくまでもわたしの中でのことです…
怨霊になりたくてなったのではない
この先にも続くであろう謀略への戒め
改心を求め、
起きたことのように感じます。
畏れられたとしても
伝えたい何かがあった
そんなふうに感じて
早良親王と同じように幽閉され
無念の死を遂げた
鎌倉時代に生きた護良親王も還俗し、
僧侶でありながら武芸に秀でられ
征夷大将軍となられた御方でした。
Blogにも書いたかと思いますが、
昨年夏、明晰夢にて
鎌倉神社に行く夢を見たのが7月23日
鎌倉神社は実在しませんが、
鎌倉宮はありまして
そこに祀られていたのが護良親王
奇しくも明晰夢を見た日は
護良親王のご命日
7月23日でした。
無実の罪
権利争い
死をもって今に伝えたいこと
護りたい何かが今にもあるはず
悲しい歴史は繰り返さない
これは方々に言えることですね。
京都からの帰り、
福豆とお昼間、いただきそびれた笑
いやいや😄
神棚にお供えする日本酒を買うために
スーパーに寄って。
福豆がラスト1個だったのを手にし、
日本酒も適当にカゴに入れたものを購入
帰ってきて
福豆と日本酒パッケージをよく見たら
福豆 升に出羽三山 羽黒山
山伏祈祷と書かれていて😳
日本酒 出羽桜
なになに😂
山形の出羽ばかりやん
そういえば
藤森神社で節分の催しで
厄除けだんご(有料)や
甘酒(無料)を振る舞われていました。
それをお詣り前に目にして
帰りに立ち寄ろうと決め
ふと
お手伝いをされる氏子様がいらっしゃる
白テントに目をやると
わぁ♡大黒天様がいらっしゃる😳
80歳ぐらいの大柄な方
お顔かたち、お耳、、
すべてが大黒天様✨✨✨
帰りに必ず、あの方から
お団子をいただきたいとなって
それを楽しみにゆっくり参拝
賛同申込みの後、白テントに向かうと
まだいらっしゃって✨
お団子を3本お願いしました🍡

一度に三本も食べれませんが、
あの大黒天さんには
何故か【三】と言いたかったんです。。
その理由が帰りの買い物でわかりました💡
2023年だったかな?
仙台から山形へ入り
山形 甲子大黒天をお訪ねしたことがあって
甲子大黒天本山(宝珠寺)
真言宗醍醐派
修験道寺院
山形県米沢市の小野川温泉にあり、
空海作と伝わる大黒天を祀る日本唯一の本山
【甲子】は暦60ある中の一番最初
はじまりに際して、ご加護くださる大黒天様

白テントのあの大黒天様に
山伏を感じたのですよね🥲
あの方は大黒天は大黒天でも
甲子大黒天?
何を伝えられているのか?
出羽 羽が出る🪽笑
1400年以上の歴史を持つ、修験道霊場
羽黒山(現在)414m 観音菩薩 現世利益を叶える
月山(過去)1984m 阿弥陀如来 祖霊が鎮まる
湯殿山(未来)1500m 大日如来 新しいいのち
最近、Blogに登場されていた仏様達✨
三山を巡ることで
生きながらにして生まれ変わる
三関三渡 死と再生
うん?
藤森神社に伺ったのは
妙な時間待ちをしていたのは
あの大黒天様をお見掛けするためだった?
前もって福豆を買わなかったのも?
これに気づくためもあったのかしら…
購入した福豆は
羽黒山山伏祈祷👹
観音菩薩
現世
人々の現世利益を叶える
生きながらにして生まれ変わる
三関三渡→時空間移動、次元移動
生きながらにして移動?
3個のお団子がついた串を3本
三の三
3の3
観音菩薩、現世利益、現世救済
またここにかえってきましたね。
親王、空海からのメッセージを踏まえたら
この三と三、3と3は
何を伝えられているのか。。
ここが気になるのですよね…
崇道神社で氏子さんが
お酒 松竹梅がありますよ🍶と仰ってた…
松竹梅…三段階
松竹梅って
なにを示唆しているだろか。
松は龍、浄化、神の依代、不老不死、不変
竹は神聖、邪気払い、神の依代、結界、節目
梅は厄除け、招福、吉祥、菅原道真(神紋)
松、竹、梅に共通することは
生命力、魔除け、邪気払い、神宿り
そのすべてが入る
松竹梅は最強!ってこと?
何に対して最強なのか?
情報量が
ちょっと休憩します🌿😂
最近、気づいたこと
物や景色…
目に見えないもの、見える物すべてに
意識しなくても
目的がなくても
自動的に溶けるようになっていて
何をしているのか?
川を見ても
ビルを見ても
花を見ても
人を見ても
勝手に微粒子になって
溶け込んでいくんですよ。
これを何に使うつもりなのか??
恐れで気づかないフリでしょうか。
分かりやすいヒントをください🙏🏻
あの白テントの大黒天様は
わたしが買い求めた後、
すぐに若い方に交代して
わたしのすぐそばを通って
神社会館へと入って行かれました🙏🏻
わたくしごと
本当に勝手な解釈ですが🙏🏻
ありがとうございます。
お目に掛かれて嬉しかったです🥲
あっ、そうだ
境内に【藤森の七福神】という
石像があったのを思い出しました♡
それに
見ると白テントの中は
神々しい人々✨
七福神だらけでした♡
お近くの方は
できれば神事の際に
お訪ねしてみてくださいね🤭
七福神に遭遇できるかも♡
最後まで読んでくださり
ありがとうございます。
愛で結ぶ💙
追記備忘録2/6
◎日本武尊のお名前が
1、2日で三回入って来た
◎草薙の剣
◎宮簀媛 日本武尊妃
◎空海手植え、手彫り
◎立春明け、クライアント様の夢に
その方と共に(他男性1人と)3人で神社に参拝
聞いたことない長い名前の神様の神社
わたしが手形を配っていた笑
いよいよ配り出しましたか♡
聞いたことない長い名前って
饒速日のように
封印されている神様達じゃないかな😳
だったら、ご存知かな?
日本武尊…奈良大和。。。
第12代景行天皇の皇子
西日本(熊襲)や東日本(蝦夷)を平定
大和朝廷の礎を築いた存在
敵を欺くために女装…笑
草薙の剣
なんだか早良親王が浮かんでしまいますね。
親王に何度も
転生することもあるでしょうから…✨✨✨
長々と失礼いたしました🙏🏻








