こんにちは
ちょっと気になることがあったので
こちらに記させてください。
先日、9月のお彼岸に
高野山に行かれたという方からお土産に
【蚊帳織ふきん】をいただきました。
そのふきんはピンクと水色の色合いで
空海、五鈷杵、お地蔵さま、
鳥2羽などが描かれていました。
とても可愛らしいお土産だったことと
高野山でわたしを思い出して
買ってきてくれたことが
嬉しくて嬉しくて♡
感謝を伝えて持ち帰ったあと…
それにしても
どうして『ふきん』なんだろう
(もちろん嬉しいんですよ♡そういう観点ではなく)
空海からの何かだとは感じつつも数日が経ち
するとまた別の方が
『高野山に行って来ましたー』と
わたしにお話しくださって😳
その時に2日前にいただいた
【蚊帳ふきん】を思い出し
ふきんを手に取って
マジマジ商品説明を読んでみたのです。
やっとこのふきんをお土産に渡された
意味がわかりました。
【蚊帳織】とは風は通しますが、
蚊などの害虫は
通さない技法の織物のこと。
*いただいた【ふきん】のパッケージにも
同様の記載がありました。
応神天皇時代に中国 呉から伝わり
現在も奈良県の特産品でもある蚊帳織
後に『大和木綿』や『大和かすり』を用いて
麻ではなく木綿の蚊帳を作り出されたとのこと。
蚊さんや虫さんには申し訳ないのですが…
害虫と呼ばれる何か、存在は通さない
風(情報、知識)は入れても
虫(邪魔するもの)は中には入れてはいけない
これは何の例えなのでしょう…笑
いただいたふきんは麻でしたが、
(よくパッケージを見ると綿でした🙏🏻
ふきんですから、そうなりますよね😅)
奈良特産のくだりに行き着いた意味は
おそらく
高価な麻もいいけれど
安価な木綿で代用可能
→害虫の侵入に注意する
慣れ親しんでいる、身近なもの…
直ちに各自取り入れやすい方法で備える
これを広めよってことでよろしいでしょうか?
奈良『大和』
『絣かすり』
絣は前もって染めた糸で文様を表す
琉球の織物の技法
また東南アジアをはじめ
世界各地で用いられている技法でもあって
マレー/インドネシア語では
『縛る、括る』を意味する
『ikat』と呼ばれているそうです。
ひとつに括ることで文様を表す
大和と琉球は→龍のことを言っている
何かと何かをひとつに括る→
括ったことで表れる(文様…結晶)には
害虫を通したものであってはならない
大和と琉球でもあるのか
それぞれにおいての何かとの括り…
でもあるでしょうし
そして
今、わたしのもとに
若く?小さい白龍が
迷い込んで来ているんです。
命からがら飛び込んで来ていまして
(命からがらだった理由はわかっています)
今は回復しつつあるので
山(宇宙)へと還す
還してしてあげたいと思っていたところ
最近、奈良にある龍の村の札が
チラチラ目に入っていたのは
そういうことだったのか…
繋がりました!
害虫の侵入によって
命からがら逃げている者?負傷の龍がいる
奈良もしくは高野山に連れてまいれ。
なんの比喩かはここでは記せませんが、
読まれた方々において
自由に解釈されてくださいね。
それも何かだと伝わっております。
今までは光と闇、善悪のすべてを
受け入れる姿勢だったのですが、
このところ少し変わって来ています。
その姿勢は信念でもあるので
変わらず持っておりますが、
今は中にしまっている
これは一時的な防衛かもしれません。
いつまでも改善
改めようとしないのなら
負傷させられるのであれば
これも致し方ないのかもしれません。
蚊は血液を吸いますよね🦟
エネルギーを吸う何かに対して
蚊帳で防御しなさいってことで
蚊帳織が空海、高野山から届いたわけですね。
はい、承知いたしました☺️
ある方とのお話で資源を奪う…
そういえば
そんな映画の話題ものぼっていましたね。
こういうこと記せなかったのに
こうして記しているのも
何かしらのこと…なのでしょうね。
ほんと必要最低限の関わり
あんまり人に会わない生活をしているのに笑
気づくと1ヶ月弱で3、4人の方から
『高野山』という
言葉が伝えられていました。
*各種媒体を入れるとかなり受け取っておりました。
機会を見つけて奈良か高野山のポータルに
白龍を連れて向かいたいと思います。
全くのノープランですが、、笑
調べては、予定は立てていませんが、
おそらくもう日は決まっています。
これを書き終えた
今の時刻が○○:33
ずっと33が来ていたのも
招集の合図だったみたいです。
わたしに高野山のお話をしてくださった
空海、龍神、龍とご縁をお持ちの方々、
いつも本当にありがとうございます。
愛で結ぶ💙
続けて書いていくかも
記事を残すかも不明ですが、
今投稿を謎解き1といたしました。
10月17日 追記
今朝、探し物をしていたら
1枚の紙がすーっと出て来ました。
それは10月10日に発行された待合番号の紙。
番号は空海のお誕生日【615】
受け取った時もハッとしたのですが、
その時はピンと来ず…
その後、12日、13日、14日と続けて
先に記した出来事
『高野山』という言葉が入って来ていました。
そしてまた今朝ですから
ゆっくりもしていられないようですね笑



これらの写真を撮ろうとした時、
どこからともなく
『厳島神社』の案内図が出て来ました。
いついただいたのか忘れてしまいましたが
この案内図をいただいたとき…同じ時期に
『御砂焼』の盃を授かって帰ってきいて
それを昨日、チラチラ目に入っていたのを思い出しました。


藩主 浅野氏
高野山にある安芸 浅野家とある墓所の前を通ると
気づくと手を合わせていて…
同じく広島の水野家の墓所にも反応していました。
何かあるのでしょうね、きっと
【追記②】
浅野家といえば、秀吉の正室寧々
寧々は尾張に生まれ
のちに浅野長勝の養女なったことを思い出し、
ネットで寧々を調べると
今日10月17日は
北政所寧々の命日でした😳
旧暦は寛永元年9月6日
新暦では10月17日
秀吉の死後
高台院湖月心尼と称され
京都 高台寺で過ごされたとのこと。
東山にある高台寺は大好きな場所で
壁画の天女のあまりの美しさに
見入ってしまったのを思い出しました。
また秋にお伺いしたいです♡
そういえば、高台寺のほど近くに
坂本龍馬の墓所もあるので
龍馬の命日11月15日までに日を見つけます。
最近、命日に(夢などを通して)
何か知らせられる…
思い出すことが多いんです。
夏には護良親王のもとに
ご挨拶へ伺いました。
また鎌倉にも✨







